Dissociation of IgM antibodies from red blood cells using ethylenediamine tetraacetate/glycine acid or chloroquine diphosphate
原著論文はこちら→https://doi.org/10.1111/trf.18128
今回は、日本の研究者安部氏,松浦氏,山田氏ら(藤田医科大学病院)の論文紹介となります。
なお、本研究はCurrent advances in 2025: A critical review of selected topics by the Association for the Advancement of Blood and Biotherapies (AABB) Clinical Transfusion Medicine Committeeの中でも重要な進歩のひとつとして紹介されています。
1. 研究の背景:IgM抗体はなぜ問題になるのか
冷式抗体(cold-reactive antibodies)は主に IgM抗体であり、抗P1、抗I、抗IH などが代表的である。IgMは五量体構造を持ち、赤血球に多数の結合部位を形成できるため、低温で強固に赤血球に結合し、IATやDATで偽陽性を引き起こす。
論文でも次のように述べられている:
“Cold-type antibodies such as anti-P1 and anti-I are typically IgM antibodies… cold-reactive antibodies may result in false positives in the indirect antiglobulin test (IAT).”
従来、IgMの影響を除去するためには 37℃加温PBSでの洗浄が行われるが、 高力価・高親和性の IgM では洗浄のみでは除去できない場合がある。
IgMの不活化には DTT(dithiothreitol)が用いられるが、DTTは IgM の J鎖のジスルフィド結合を切断する「破壊」であり、抗体の解離ではない。
一方、IgG抗体の解離には EGA(EDTA/glycine acid) や CDP(chloroquine diphosphate) が用いられるが、これらが IgM抗体に対してどの程度解離能を持つかは十分に検証されていなかった。
本研究は、 EGA と CDP が IgM(冷式抗体)を赤血球から解離できるかを検証し、 その際の赤血球形態変化を電子顕微鏡で評価する という点で、従来にない包括的な検討を行っている。
2. 方法:IgM感作赤血球の作成と3種類の解離処理
2.1 IgM感作赤血球の作成
- 血液型Aの赤血球と血液型Bの血漿を混合
- 4℃で12時間以上静置し、抗A(IgM)を赤血球に感作
- 抗A抗体価は 16〜32倍
- 37℃PBSで洗浄しても凝集が残存する「高力価 IgM 感作赤血球」を作成
“Anti-A antibody titers ranged from 16- to 32-fold.”
2.2 解離処理
以下の3条件で処理:
- EGA(Immucor Gamma EGA)
- CDP(Immucor Gamma Quin)
- DTT 0.01M(AABB推奨濃度)
2.3 評価方法
- 試験管法による凝集強度評価(0〜4+ → 0〜12点)
- フローサイトメトリー(FCM)による IgM/IgG の結合量評価
- 走査電子顕微鏡(SEM)による赤血球形態評価
3. 結果①:凝集の変化
— EGA と DTT は完全解離、CDPは不十分 —
● EGA処理後:凝集 0(完全解離)
● DTT処理後:凝集 0(IgM破壊)
● CDP処理後:w+〜1+ の凝集が残存
“After EGA and 0.01 M DTT treatments, the agglutination score was 0… After CDP treatment, agglutination was observed at w+ to 1+.”
EGAは IgMを赤血球から解離し、 DTTは IgMを破壊するため、結果として凝集は消失する。
CDPは IgM解離能が低く、凝集が残存した。
4. 結果②:フローサイトメトリー(FCM)による IgM/IgG 結合量評価
— IgMの残存量は EGA・DTTで大幅減少、CDPではほぼ残存 —
FCMでは FITC抗IgM・抗IgG を用いて、赤血球表面の抗体量を定量的に評価した。
● IgM S/N 比(GeoMean比)
| 処理条件 | IgM S/N比 |
| 前処理 | 203.9 |
| EGA | 6.8 |
| CDP | 185.6 |
| DTT | 5.6 |
“The S/N ratios for IgM antibodies were 203.9 before dissociation… 6.8 for EGA… 185.6 for CDP… 5.6 for DTT.”
● 解釈
- EGAとDTTは IgM結合量を大幅に減少
- CDPは IgMがほぼ残存(S/N比 185.6)
- IgGはもともと少量であり、いずれの処理でも大きな変化はない
● FCMヒストグラムの特徴
- EGA・DTT処理後のヒストグラムは 陰性対照と完全に重なる
- CDP処理後は FITC蛍光が残存し、陰性対照と重ならない
“Histograms after EGA and DTT treatment overlapped with those of the negative controls… CDP did not align.”
→ EGAはIgM解離剤としてDTTと同等の効果を持つ → CDPはIgM解離には不適
5. 結果③:電子顕微鏡(SEM)による赤血球形態評価
— EGAとCDPは表面粗さが増すが、CDPは面積縮小が顕著 —
SEM観察は本研究の大きな特徴であり、 解離処理が赤血球形態にどのような影響を与えるかを直接評価している。
5.1 赤血球表面の変化
SEM画像では以下の特徴が確認された:
- EGA処理赤血球:表面が粗くなるが、形態は比較的保たれる
- CDP処理赤血球:表面粗さが顕著で、形態変化が強い
- DTT処理赤血球:表面はほぼ変化なし
“The surfaces of RBCs treated with EGA and CDP appeared rougher… DTT-treated RBCs were unchanged.”
5.2 赤血球面積の変化(n=15)
| 処理条件 | 面積(中央値) |
| 前処理 | 28.2 μm² |
| EGA | 24.6 μm² |
| CDP | 18.9 μm² |
| DTT | 24.0 μm² |
“RBCs after CDP treatment were significantly smaller… no significant difference between EGA and DTT.”
5.3 CDP処理時間と赤血球面積
CDP処理は 37℃で行われるため、 温度による膜タンパク変性が形態変化の主因と考えられる。
30分で急激に面積が縮小し、その後はほぼ一定。
“The RBC area significantly decreased 30 min after initiating CDP treatment and remained relatively stable.”
5.4 解釈
- EGAはIgM解離能が高いが、赤血球形態への影響は許容範囲
- CDPはIgM解離能が低い上に、赤血球形態への影響が大きい
- DTTは形態変化がほぼなく、IgM破壊剤として安定
6. 総合考察:EGAはIgM解離剤として有望、CDPは不適
6.1 EGAがIgMを解離できる理由:pHの影響
抗原抗体反応は pH 6.5〜8.4で最適だが、 EGAは pH 1.5(強酸性)、CDPは pH 5.0(弱酸性)。
“The pH of the dissociation reagents was 1.5 for EGA and 5.0 for CDP.”
→ EGAは強酸性により IgM の結合を大きく崩すことができる → CDPは pH が高く、IgMの解離には不十分
6.2 EGAはIgG・IgMの両方に対応できる「汎用解離剤」になり得る
- IgG解離:従来どおり可能
- IgM解離:今回の研究で有効性が示された
- 処理時間:EGAは2分、DTTは15分
→ 検査効率の向上に寄与する可能性
6.3 CDPはIgM解離には不適、赤血球形態への影響も大きい
- IgMがほぼ残存
- 赤血球面積が大きく縮小
- 表面粗さが顕著
- 37℃処理が形態変化の一因
→ IgM感作赤血球の解離には推奨されない
7. 研究の限界
- サンプル数が少ない
- 人工的に感作した赤血球を使用 → 実際の CAD(寒冷凝集素症)患者検体での検証が必要
- EGA/CDPは本来 IgG解離剤であり、本研究は off-label 使用
8. 結論
- EGAは高力価 IgM(冷式抗体)を赤血球から効果的に解離できる
- DTTと同等の解離効果を持ち、処理時間は短い(2分)
- CDPはIgM解離能が低く、赤血球形態への影響が大きい
- EGAは IgG・IgM の両方に対応できる新しい選択肢となり得る
→ 高力価冷式抗体による偽陽性の除去に、EGAは有用な手段となる可能性が高い
■寒冷凝集素症(CAD)検査体系との接続(私見)
— 過去2本の論文と今回の研究を踏まえて —
今回の Transfusion 2025 の研究は、IgM抗体が赤血球に強固に結合するという寒冷凝集素症の本質に、検査技術の側からアプローチしたものだと感じています。
すでに紹介した
- Jalink 2025(Vox Sang):前処理・温度管理の標準化
- Ubezio 2026(Blood Transfusion):CAD診断の標準化(Delphi法)
はいずれも「IgMがどのように反応するか」を正しく評価するための枠組みを整える研究でした。
一方、今回の Abe 2025 は、 IgMが赤血球に結合して検査を妨害する状況に対して、 “どう除去するか”という実務的な解決策を提示している という点で、CAD検査体系の「評価 → 障害除去」まで踏み込んだ内容です。
特に EGA が IgG だけでなく IgM の解離にも有効であるという知見は、CAD の検査体系において、
“評価だけでなく、検査の障害を除去する手段も標準化できる”
という新しい可能性を示しているように思います。
CAD の診断は、
- DAT(C3d)
- CA価
- Thermal Amplitude
- ABO不一致
- panagglutination
といった複数の検査結果を組み合わせて判断する必要がありますが、 その過程で IgM の影響を適切に除去できることは、診断精度の向上に直結します。
今後、EGA の IgM 解離がどこまで臨床検査に応用されるか、 CAD の検査体系の中でどのように位置づけられていくか、 非常に興味深いテーマだと感じました。

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